あれこれ手を出し、迷走するのは自分の中に確固たる判断基準がないからだ。

どうも、メイジです。

最近はもっぱら自分自身と向き合い、対話しております。「自分自身と対話ってなんやねん」って話ですが、要は自分が本当にやりたいことはなんなのか?どんな価値観を持って生きるのか?どんな方向に向かって自身の人生を歩んでいくのかについてとことん深掘りしている感じです。

この手の分野に取り組んだ経験がある人はこのブログをみていただいてる人にも多いんじゃないでしょうか?例えば就職活動をする際にする「自己分析」とかですかね。

ただ、僕自身も何度かこのような自己分析なるものに挑戦しては最後まで出来ずに挫折した過去があるんですよね。ぶっちゃけ自分の内面を深く知り、何を価値基準として生きていくかについて考える頭使う作業ほどしんどいことはないですからねw。

だって答えがないですから。

なのでこれまでは途中で投げ出してきたんですが、今回は最後までやり抜けそうです。

で、なんでそんなことしてんの?って話ですが、この作業を放置しておくと後々後悔するなと考えたからなんですね。後述しますがこれからの社会では自分の好きなことで生きていかないと逆転出来ないような社会になると考えているからです。

僕自身これまで将来に役立つだろうという理由で英語を学習したり、プログラミングに挑戦してみたり、お金を稼ぐためにトレンドブログや情報商材ビジネスに手を出したことがあります。ですが、どれもあと少し頑張ればうまくいくのに、、、あとちょっと続ければ稼げるのに、、、というタイミングでなぜか辞めちゃうんですね。

いや、頭ではわかってるんですよ。「そのままやれば稼げるやん!」「そのまま続ければ英語話せるやん!」。

でもなぜか「このまま稼げたとて別におもろないしな。。。」「英語話せるんやろうけど正味日常会話ぐらいなら喋れるしこれ以上クオリティ高めんでもな、、」みたいな。

で、なんでかなって考えると僕の中で結論が出たんですね。

それが「自分が好きなことをやれていない」。

ただこの一点なんですよ。

好きなことじゃないと能動的に勉強なんて出来ない

今まで勉強してきたり、自分には必要だと思ったスキルの勉強って自分が学びたいと思ってなかったんですよね。対して好きではないけど学んでおいた方が後々役に立つから学ぼう、ぐらいのもの。

でもそういったものに限って全然頭に入らないw

これは僕の中ではあるあるでした。

ですが、こと好きなことになると豹変します。例えば僕はみなさんご存知の通り筋トレが好きなんですが、トレーニングに関する勉強?というか情報収集というか学ぶのは全然苦になりませんしむしろ楽しいんですよね。

もうなんていうかただ知識を取り込んでるだけで楽しいし、もっと学びたい!知りたい!ってなる。

他にも僕は地政学や歴史分野が好きなんですが、これに関する本も大好きでこの前もアマゾンで1万5千円ほど買ってしまったほどですw。でも、この分野を学ぶのが好きなのでなんの苦もなく前のめりで学べてます。しかも友達によくこういった分野をベラベラしゃべるので「ようそんな事知ってんなw」と驚かれます。

僕自身は何も特別なことはしてないのに。

僕が思うにこれって僕だけの現象じゃなくてどんな人でも当てはまると思うんですよね。学ぶのが全然苦じゃない分野とかあるはずです。それが数学なのか、音楽なのか、占いなのか、美容なのか、料理なのかゲームなのかわからないですが何かしら一つはあるはずなんです。

自分ではすごいと思ってないのに人から「すごい」と言われることは得意なこと

先述したように僕は筋トレや栄養、地政学に関する分野に関しては好きで学んでるだけなのになぜか他人に話すと「そんなこと知っててすごいな」と言われる。筋トレに関してはまだまだだという自覚しかないんですが、それでも多少なりとも知ってることがあるので、ダイエットや食事に関して話すとむしろ感謝すらされる。

これらは僕にとっては普通のことなのに他人とっては「すごいこと」と思われる。こういった分野は間違いなく得意なことです。得意って相対的なものなので一人でもすごいと言ってくれる人がいればそれは得意なことと言っていいでしょう。

これは僕のストレングスファインダーの結果です。

(ちなみにストレングスファインダーという本は自分の強みを理解するのにめちゃくちゃ役立つ本なので自分の強みを知りたい、自分自身を深く知りたい人にとっては必読です)

ここにあるように僕は収集心が1位にきており、原点思考が5位にきてます。

自身を振り返ると確かに、本を読んだりネットでいろんな情報を漁るのは昔からやってました。そしてその作業をするのが無意識でしててかつ楽しかったんですね。情報商材も別に好きではないけど貪るように漁ってたし、筋トレの情報もめちゃくちゃ調べるし、昔部活でソフトテニスしてた時はめちゃくちゃ本買ったりyoutubeで研究してた。

原点思考では歴史を振り返るのが好きということで、昔の偉人の話や世界の歴史や成り立ちとか超好き。

こう言った自分だけでは気づかなかった強みや得意なことがわかるのでこの本は非常にオススメです。

自分の中に判断基準がないからいつまでも「将来役立ちそう」という一生使う時がこないことを勉強する

自分が何を大切にしてるのか、どんな方向性を目指してるのかわからないからいつまで経っても将来役立ちそうという理由でプログラミングとか英語とか学びがち。

無駄になるとは言わないけど、今までの人生もそうやって選択してきて問題を先送りにしてなかったか?

・まだやりたいことがないからとりあえず大学に行っとこう

・将来仕事に役立ちそうだから経営学部にしとこう

・やりたいことがないからとりあえず大企業に就職しとこう

・やりたいことがないからとりあえず留学したら人生が変わるかもしれないから留学しよう

・稼げそうだし自由になりやすいって聞くしプログラミングやっとこ

こう言った選択になるのはやりたいことがないから、ではなく「やりたいことを見つけるために自分自身と向き合うことをサボったから」と言い換えることができます。

これは自分自身がそうでした。

上記に挙げたような理由で選択したけど続かず、ずっと心の中がモヤモヤしてしまう。でもね、本当はやりたいことはあるんですよ。あるけどそれを仕事にする自信がないし覚悟もない。だからなんとなくもっと他にやりたいことがあるんじゃないかとか、稼げそうなことがあるんじゃないかとかってなっちゃう。そして「今はやりたいことないけどスキルがつけば見つかるだろう」って。

好きな「職業」で選ぶと失敗しがち

じゃー好きなことを仕事にすればいいの??

っていうとこれがまた違うみたいですw

飛行機が好きだからパイロットになりたいです!

英語が好きだから翻訳家になりたいです!

動画見るのが好きだからyoutuberになりたいです!

でそれを仕事にしてもいいんですが、そこには必ず「得意なことであれば」というのがセットでついてきます。好きなことだけで仕事を選んでも、その分野が死ぬほど苦手なのであればあまり大きな成長は見込めない可能性が高いです。

僕の好きな表現で、

自分が魚であることに気づかずに空を飛ぶ練習をしてしまっているような状態

てのがあります。つまり、魚は本来泳ぐのが大の得意であるのに空を飛ぶ練習をして仮に飛べたとしてもそんなものは鳥枯らしたら余裕でできてまうし魚は大して飛べもしないのです。(いや多分100%飛べないですけどw)

それと同じでいくらその分野が好きだったとしてもそのまま仕事にするとなかなかうまくいかないという現象が起こる可能性があります。

例えばAさんが車に乗ることが好きで車が大好きだったとして、車関連の会社に入社したとします。晴れて自分の好きなことを仕事にできてるわけですが、任されている業務は営業。でも、なかなかうまくいかないしやっててもあまり楽しくない。

この場合、Aさんは車は好きだけど営業は苦手なわけですね。こうなってしまう恐れがあります。

なので考えるべきは決して車関連の仕事を諦める必要はなくて、「どんなことをしてる時は自分は楽しいし苦もなくできてかつ人よりは少しできるな」と思える作業はないか?を考えることです。

そうすればもしかしたら営業じゃなくて文章を書いて車の魅力を伝えた方ががいいという発見があるかもしれない。同じ作業を淡々とこなす方が得意かもしれない、どうやったら売れるかという導線を考えるマーケティングの方が得意かもしれない、と見えてきます。

車関連の仕事をするのでも自分が得意とする作業を選んだ方が確実に成長が速いし、人生を楽に運べるはずです

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ABOUTこの記事をかいた人

1997年大阪生まれ。大学受験はせずに、英語系の専門学校に1年間通ったのち、イギリスに半年間留学して帰国。その後ネットビジネスを始めるも継続力がなく諦めてフリーターに。現在は諦めきれず、再びフリーターとしてバイトと両立しながらブログメルマガアフィリエイト、WEBマーケティングのビジネスに取り組んでいる。