イギリス留学×挫折

こんにちは、めいじです。

今日はいつもと違った
物語調の記事になります。

僕は2018年1月6日から2018年6月6日まで
イギリスの方に半年だけ留学をしていました。

そしてあまり語ってこなかった、

・なぜ留学をしていたのか
・なぜイギリスだったのか
・なぜ半年だけだったのか

などなど。

僕がまだまだ語っていない
エピソードも踏まえて語っていきたいと思います。

海外への憧れを抱く

高校3年生の夏。

周りはそろそろ受験シーズンの中で
僕はまだ志望校を決めきれずにいた。

「将来やりたいことはない。
特別に何かやりたいことはないけど
なんとなく留学とかしてみたいなー」

ぼやっとですけどそんな感情がありました。

元々僕の家庭は親の影響もあってか、
よく海外旅行をしていました。

タイに2回、アメリカには3回ほど行ってます。

アメリカにはいとこが住んでいたので
遊びに行ってましたね。

その時の感覚が忘れられなくて、
「あー、海外ってなんかええなー。
もう一回行きたいなー。」

僕はそう思って日本の大学受験の勉強を
してましたがそれを辞めて、
海外の大学進学を決意します。

「おいおいいきなりブっとんでねーか笑」

確かにそうでしょう。

普通の感覚ですとそうだと思います。

僕は特別に英語が得意だったわけでも
喋れるわけでもありません。

小学生の時に旅行で家族で海外に
行っただけです。

でもこの時の僕の頭の中には

「このまま日本の大学に進んでも
遊んで終わる。そんな大学生活に
だけは絶対にしたくない。自分は
周りに流されやすい人間やから
海外で揉まれてたくましくなるんや!」

そんなことを思ってましたね。

今思えばただ大学受験から
逃げるために自分を正当化してた
だけだったのかもしれません。

あわよくば有名企業または現地就職したい!
そんなことを思い、海外の大学進学を決意します。

いきなりの大学進学はさすがに厳しいだろうと
思い、日本の1年間の語学専門学校に
通うことになります。

専門学校時代

僕が通った学校は少し特殊で
海外の大学についていけるように
特別にプログラムされた、いわば
海外の大学で実際に行われているような
授業をそのまま日本でやってるってっかんじです。

なので先生も当然全員がネイティブですし、
授業中に日本語を喋るとかありえませんでした。

また、宿題も大量に出されます。

宿題が多すぎて1日の睡眠時間が3時間とか
ザラでしたね。

学校に登校して開口一番
「宿題終わったー?」
と聞くのは日常茶飯事でした笑。

ただ、その学校のおかげか、
多少英語も授業についていけるレベルにまでは
話す聞く読む書く。
4つともレベルアップしたかと思います。

この1年間がなかったら
イギリスでの留学も全くからっきしだったでしょう。

ところでなんで僕が数ある海外の大学の進学先で
イギリスを選んだのか。

アメリカでもオーストラリアでもカナダでも
ヨーロッパの国でもどこでも行けるのが
僕の専門学校のいいところ。

その中でもなぜイギリスを選んだのか。

それは単純に学費が総合的に見て安かったから
なんですよね。

あまり詳しい話をしてもしょうがないので
省きますが、

4年間アメリカに行くよりもイギリスの方が
生活費含めて安かったのです。

僕の本音ではアメリカに行きたかったです。

理由は小さい時に行った時の記憶で
なんとなくアメリカに親近感を抱いていたから。

ただ、学費の関係とアメリカに行ったら
日本人留学生も多くて甘えてしまいそうだったから。

これが決め手ですかね。

自分でもキモいぐらいドMだったのかも
しれません。

とにかく自分を甘えない環境に
追い込もうとしました。

そうこうして進学先も決まって、
無事に学校も卒業。

その後、半年間バイトしてお金をためて、
2018年1月6日。
少しの自信と、
多少の不安を抱えつつ僕はイギリスへと旅たちました。

「1年間なんとかあのキツかった
専門学校時代を乗り切ったし
向こうでも頑張れるはず!」

そうやって飛行機に乗り込み、
現地での僕の留学生活が
スタートしました。

イギリス留学生活

寒いし田舎すぎてイキナリ帰りたい症候群発動

僕が進学した学校はそれはまー田舎でして。

空港についてから電車で一本で
行けるところにあるんですけど
これがまー緑が一面に広がっておりましたよ笑。

こんな感じの景色が永遠に広がってました。

大阪の都会っ子出身の僕にとって
田舎というのはかなりメンタルにきました。

「これから4年間ここで過ごすのか〜。
やってけるかマジで不安でしかないわ」

ただこの環境を選んだのも自分。

自分をこの環境に追い込んで成長できればと思って選んだ
イバラの道。

そうやって心に決意を再度固めて
なんやかんやで寮につきました。

寮に着くと寮の人が案内してくれます。

そしてそこで度肝抜かれました。

もう何喋ってるかサッパリわからないんです笑。

僕が通ってた学校の地域がイギリスでも
かなり北の地域なんですけどま〜訛りがひどい。

僕はイギリスへ行くとわかっていたので
日本で英語の勉強でリスニングをするときは
ずっとイギリス英語を聞いてたんですけど
それでもサッパリでしたね。

この時ばかりはもうイキナリ
心折れかけました。

「うわ〜、マジで聞き取れね〜わ」

もう想像のはるか斜め上行ってましたね。

こんなん無理ゲーだわ。

そうやって僕の留学生活はスタートします。

現地に着いて次の日から学校という
かなりハードめのスケジュールだったんですけど

学校で授業が始まりました。

結論からいうと授業はぶっちゃけ大したことなかったです。

専門学校時代にある程度やってたので
慣れもあったと思いますが、

高校で英語それなりにできてリスニングが
ある程度できる人であれば全然付いていけると思いますね。

訛りは相変わらずひどいのですが先生も授業のときは割とゆっくりと
喋ってくれるし、日に日に耳も慣れてきて
会話もできるようになってきました。

クラスメイトも中国人や韓国人、
カタールやクエート、モロッコからきてる人もいました。

なぜか中東からの留学生が多かったですね笑。

積極的に喋っていたおかげもあって
友達もできて一緒にジムに行く仲間もできました。

ただ。。

現地人と交流できない日々

留学して3ヶ月ぐらい経ってから
割と生活にも授業にも慣れてきました。

ただ僕はこの時ある壁を感じてました。

そう、現地人との交流。

留学生同士だとお互いネイティブではないので
会話もそれなりに聞き取って話が進むんですけど
ネイティブの人になると訛りもキツイし喋るのも
早いしでめちゃくちゃしゃべりかけるのもおっくうでした。

僕は心の中では何度も
「今日こそはしゃべりかけないと。
今日こそは自分の殻を破るんだ!」

そうやって決意するのですが
いつもいつも喋れず終いで
「まー明日でいっかな。」

こんな日々が続きました。

自分の中ではわかってるんです。

しゃべりかけてたくさん失敗しないと
成長はないって。

そんな言葉はたくさん聞いてきたし
専門学校時代にわかっていた。

でも勇気が出なかった。

「ダセーナーまじで。
こんなん専門時代の仲間に
聞かれたらほんまに合わす顔ねーし
フツーにはずい」

今思えば言語学習者であれば
別にみんなが思うしみんなが通る道。
何も恥ずかしいことなんてない。

でも、当時の僕はそのことが
すごく気がかりで、さらには学校の授業も
なんだかイメージと違って周りは遅刻だらけで
先生も遅刻するし特別難しいわけでもない。

なんだか拍子抜けしたなー。

別に僕が英語ができたからとかじゃなくて、
大学受験をやってきた人なら普通に
付いていけるのでマジで。

てか今でも全くできない部類なんですけど笑。
英文法の基本的な所怪しいですからね僕は。

まーこうやって言ってますけど
なんだかんだ環境のせいにはしてました。

そう考え込んでからそれ以来、
僕は部屋に引き篭りがちになりました。

「現地の人とまともにコミュニケーション
取れない。
授業やってても周りのモチベも低いし。
てか周りになんもなくて暇だし。」

僕はほとんど寮で自炊してて、
食べる量もセーブしてたつもりだったんですけど
体重は人生で過去最高体重を叩き出してました。

おまけにニキビも増えるし
憂鬱になるしで本当に病みまくってましたね当時は。

「あー、もう無理かもしれんな。
この状態で留学生活を続けるのは
メンタル的にもキツイし何より毎年200万円近く
学費と生活費を払う親の気持ち考えたら
マジで中途半端な気持ちで続けてたら
申し訳ねーわ」

僕はもう留学生活を続けるのは
メンタル的にもキツかったです。

現地の人となかなかコミュニケーションが
取れない。

それだけ???

「周りに留学生の友達がおればええやん。
時期にネイティブの人とも喋れるようになるって。
俺もそんな感じやで。」

専門時代の友達に相談したら
そうやって言ってました。

ただ、僕の場合はあまりの田舎すぎる
環境と、イギリス特有の曇りが多くて
病みやすい環境、そして訛りの強い地域。

自分が選んだ道。
自分が選んだ決断なのに、
弱音吐きまくりでした。

もう僕の中では限界でした。

「思い切って留学先を変えてみよう!」

そうやって他の留学先も考えていたんですけど
やめました。

どうせ留学先を変えてもまた環境とか
周りのせいにして愚痴や文句を言うんじゃないのか。

そう思ってしまう自分がいました。

なんだかこの時ばかりは
人生で一番病んでいた時期だったかもしれません。

なのでこの時の僕はもう就職を考えていました。

「もう見切りつけて就職して
早く親孝行しよう。海外には旅行でいけばいいやん!」

そう考えていました。

留学ってなんだか華々しいイメージがありますけど
僕の留学生活は全く華々しくもなんともなく、
それはもう挫折と苦い経験を味わった留学生活でした。

結局僕は現地でネイティブの友達が
一人もできずに半年間の留学生活が幕を閉じました。

正直後ろめたさマックスでした。

1年間も海外大学にいくために
準備もしてようやく念願叶って留学もしたのに
半年で断念。

僕は2018年、6月6日に日本に
帰国することになりました。

今回の話は以上になります。

====================

どうですかね。

今回はネットビジネスの話は全くなしの
ガチンコの僕が留学経験を経て挫折した話でした。

実は僕は帰国してから起業したのですが
その話もすると今回の主旨とずれると
思いやめときました。

あえてハッピーエンドではなく、
シンプルにリアルを述べた挫折した話です。

多分僕みたいに海外留学して
挫折してる人っているんじゃないかな。

結構生々しく、
かなり恥ずかしい僕の挫折経験です。

「現地人と話せなくて
周りが田舎すぎて帰国とかダサすぎ」

そう思われても仕方ないかもしれません。

ただ、僕はこれで諦めたわけではありません。

今現在、僕は帰国してから起業をして
ネットを使ったwebマーケターとして
いろんな個人の人や飲食店のアドバイスを
したいたりします。

たった3ヶ月。

たった3ヶ月ですが僕は勉強しまくって
知識つけてきました。

それを使って今は自分で仕事をしてると
思おうと人生何があるかわかりませんね。

あのときにイギリス留学を辞めていなかったら
確実に今の僕はありません。

今も現地で頑張っていたか、
ダラダラと続けていたか。

どっちの決断が正しいかなんて
正直わかりません。

でも僕はもう逃げないと決めました。

そして今の道が正しい道、決断だったと
証明してみせます。

そのために日々勉強して知識に投資しまくって
最強のwebマーケターとしてまずは日本で
一旗あげられるように気張って行きます。

そしていつかまた留学、リベンジする予定です。

今度はアメリカに筋肉留学。

今度は心から行きたかったアメリカに
自分で稼いだお金で思う存分の留学生活を
する予定です。

筋肉留学なのは単純に筋トレが
好きだからです笑。

まだ未定ですししばらくは今の自分の
ビジネスを拡大するために精進する毎日です。

とまー今日は普段のビジネスの発信とは
全く関係のない内容でした。

こんな僕ですけど結構挫折経験
あるし誰でもいつでも人生やり直し
できますよってことを伝えたかったです。

〜補則〜

実は最近、父親の仕事の関係で
アメリカで父がプロデュースされる
ことが決まったため、
その通訳と窓口として僕と姉が
英語を使ってやりとりすることに。

留学生活は無駄ではなかったなと
改めて実感してます。

何事も一生懸命に頑張れば
無駄なことなんてないですね。

英語の勉強も頑張らないとだな!

てな訳で、僕の挫折物語でした!

次回からはまたビジネスに絡めた話をしていきます!

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僕はビジネスを通して人として成長していく、
学歴がなくても自分の人生は自分で切り開いていけるとゆう

コンセプトの元にこのブログ記事を書いて情報発信しています。

何より「好きなことして生きていく」と言う人生が
夢物語でもなんでもなく、誰でも勉強さえすれば
できるんだということを証明したいとも思っています。

今でこそ僕は働かなくても自動で収益が入ってくる
仕組みを構築したり、企業コンサルをしたりと自由な時間に
好きなことをさせてもらっています。

でも最初からこうだったわけではありません。

元々は勉強のできない学歴のないただの高卒でした。

そんな僕でも働く場所の自由、時間の自由を手に入れて好きに生活させていただいてます。

人生は何度でもやり直せるし何度でもチャンスはあると
考えています。

下記の記事に僕の人生、価値観を大きく変えた軌跡を
綴っています。

めいじの理念『ビジネスの成功に学歴は関係ない』

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